薔 薇 想 歌 |
「メイーーーーー!!!!!」 ばたーん、と扉の開く音とともに一人の少女がブラウンの髪を後ろで一つに括った少女が周囲の目も憚らず慌しく駆けて来た。 「大変よ! 大変!」 「どうしたの、デューテったら」 肩を僅かに上下させながら興奮している目の前の少女を宥めるように落ちついた声色を出すメイ。隣にはセリカが困惑の表情でその様子を見詰めている。デューテは乱れた呼吸を整える余裕もないらしく続けて叫んだ。 「な、内緒のはずがなんだか漏れちゃってるのーーー!!!」 「ええ! 祭り最終日であっと驚かすつもりだったのにーーー!」 デューテの言葉にメイも立ちあがって頭を抱えながら叫んだ―いつもは年齢より大人びた、というか相手の上手をとるのを好む少女にしてはとても素直な反応である。それもそのはず。数日も前から念入りに立てた計画が、決行を前にして脆くも崩れようとしているからだ。企て事に関しては慎重になる彼女にとって、予定外のこの事態はとても悔しいものに違いない。 「もー結構街の人とか知っちゃってさー! 女官さんにさっきから真偽問い詰められちゃって逃げるのに必死だよ私ーうわーん!」 一体どうして、どこから漏れたのだろうか……、メイは焦る心を抑えつつ冷静に原因を突き止めようと考えた。このことを知っているのは、自分達と、マチルダ、ジェニー、クレア辺りだけである。大方、クレア辺りがぽろっと口にしてしまったのだろうか。それとも影でこそこそと盛り上がっている自分達を怪しく思った女官達が偶然耳に入れたのだろうか……それが一番ありえる。自分達以上に噂好き、それに加え、彼女達にとっては憧れの存在とも言えるジークに関することである。常より耳聡くなってしまうものかもしれない。 メイはそこまで思考し、浮かれ過ぎてしまったことを悔いていた。だが、まだ失敗と決まったわけではない。本人達に知られていなければまだ何とかなる。それに知られてしまったら、その時は計画を変更すればよい、結果的に彼女達を驚かせればいいのだから。 「ジークが結婚するって本当?」 「あ、アルム……王!」 「なんだか、そんなことを女官が話していたようなんだけど……」 メイが自分を納得させた頃、開きっぱなしの扉から聞きなれた声が聞こえ、振り返るとそこにはこの国の王、アルムがいた。セリカが驚いて名を呼ぶ――少しバツが悪そうに。だが、嘘の吐けない少女は正直にアルムに「う、うん、実はかくかくしかじかこーゆーわけで……」と話した。もしかしたらアルムならなんとかしてくれるかも……、半ば縋るような思いで。 「……あっちゃー」 だが、そんなセリカの思いも空しく、話を聞き終えたアルムは右手で顔半分を隠しながらうめいた。 「なんでそんなまずそうな顔するの? いーじゃん、ティータが可哀相よ!」 その呆れたような反応―少なくともそうメイには見えた―に、反論した。友達であるティータの為にやっていることなのだ、……自分達が楽しいのも僅かながらあるのは認めるが。それともやはり男には女の気持ちなんてわからないのかしら……、とメイは心中で愚痴る。 「いや、違う……そういうわけでなくて……」 アルムはぽりぽりと頬をかきながら目を泳がす。はっきりしないアルムの様子にセリカは首を傾げた。そしてメイがその先を促そうとしたとき。 「……あの、皆さん……どうされたんですか?」 「ティータさん……」 不思議そうな表情で、ティータが戸惑いがちに部屋を覗いている。祭りのおかげか豊かな緑髪は後ろで一つに纏め上げ、小さな紅い宝石を散らした髪飾りをつけていた。少しばかり化粧も施してあり、艶やかな印象を受ける。それよりもいきなりの当人の登場にメイ達はぎくりとした表情を浮かべた。 「あ、あの……ティータはもう知ってる……?」 「え? 何をですか?」 おそるおそる窺うデューテ、小首を傾げながらそう返すティータにメイ達はほっと胸を撫で下ろした。一方、ティータは訳が分からずただその場につったったままだ。 「よかったセーフ!」 「じゃないよ……」 「どうしたの、アルム?」 安堵の声を上げるデューテに反して心底沈んだ声色のアルムにセリカは疑問でならなかった。どうして、彼はこんなにも気落ちした表情を浮かべるのだろうか……、確かにこういうことは余計なお世話以外の何物でもないのだろうとは思う……でもアルムなら自分達のティータを思う気持ちを何よりも先に汲み取ってくれる筈なのに、そう思わずにはいられなかった。 「ティータさん……ごめん、メイ達がこの祭りの最終日に君とジークの結婚式を計画してたようで……。今じゃ街の人達にも結構漏れ始めちゃってるらしい」 「え!?」 アルムは深刻な表情で、疑問符を浮べるティータに説明した。なんとか本人達には内緒でこのまま実行しようと思っていたメイ達はアルムの言葉にぎょっとした。同時に心底驚いた声を上げるティータに慌てて弁解する。 「ご、ごめんね、ティータ……そのティータ元気がないから私達、ジークが結婚を申し込んでくれないからだろうと思って……」 「うん、びっくりするかなぁ……て思って……ティータさんなら喜んでくれると思って……」 「でもこういうの本人達の問題だよね……私達すっかり熱くなってしまって……」 「メイ……デューテさん……セリカ様……」 浮かれていたのは事実だ。メイ達はそのこととティータに内緒にしていたことを心底済まなさそうに詫びた。ティータは控えめな女性だ、目立ったことはあまり好まないだろう……、こんな事態になってしまって申し訳なく思った。 「ありがとう……皆さん……でも……でも……」 ぽろ、と涙が零れるティータに周囲は慌てる。 「ど、どうしたの!? あ、やっぱり迷惑だったよね、ごめんねごめんね……!」 「余計なお世話だよね、本当にごめんなさい!」 「あ、ティータさん泣かないで〜」 「違う……違うんです……そうじゃなくて……嬉しいのですけど、私……私とジーク様は結婚できません……」 泣き出したティータを慌ててメイ達は謝り倒した、なんとか涙を止めようとする周囲に対してティータは爆弾発言ともいうべき言葉を発する。 「―ぇえええっっ!??」 「ど、どうして!?何があったの、あんなに仲が良かったのに!」 「……ジークは近いうちにここを出て行くんだ」 一瞬の沈黙のあと、女三人は同時に叫んだ―そして先程の恐縮した雰囲気が一変する。 女三人揃って、姦しい―こんな言葉を遺した先人はやはり偉大だ……、ということはあくまでも心の中だけの呟きだけにして、アルムはティータに代わって彼女達の疑問に静かに答えた。涙を拭っていたティータがその言葉に反応して僅かに肩を震わす。 「嘘……」 「アルム? それ本当……?」 呆然と、セリカは目を見開いてアルムを見上げた。 「……彼には帰るべき祖国がある……」 彼がこの地に戻って自分のところに挨拶に来たときに、そう述べた。近いうちに出て行く、と。アルムは驚きつつもそれを受け入れた。王国騎士団に参加し再興に協力して欲しかったのは事実だが、祖国を憂い愛する気持ちは痛いほど理解できる。残念な気持ちはあるが、彼の好きなようにして欲しい、そう素直に告げると、ジークは何処か自嘲した笑みを浮かべつつも頭を下げた。やはり祖国を憂う気持ち以外にも色々とあるに違いない。だが、アルムはそれ以上立ち入る事はしなかった。 「そんな……! じゃ、じゃぁティータはどうなるの? 置いていくの?!」 「ついて行かないの? ティータ……」 「……」 「ティータ……」 辛そうな、涙を必死で堪えている様子のティータにメイ達はかける言葉を見失っていた。 「ジークは……?」 「たぶん……王国騎士団の方達と一緒に街の見回りに行っていると思います……」 アルムの疑問にティータが答えた。ジークは正式に入団したわけではないが、帰ってきてから騎士団に協力していた。祭りの警備などにもあたっており、空いた時間にティータは一緒に祭りに参加するつもりだったのだ。 「酔った人による騒ぎが増え始めているので……特に若者達の盛り上がりぶりが凄いらしくて……」 「うん、まぁ予想されていたことだけれどね……とりあえずジークにもこのことを知らせないと。もしかしたら既に耳に入っているかもしれないが」 「私も捜しに行くわ。言いたいことがあるから」 「メイ?」 一際真剣な表情を浮べるメイにデューテは戸惑う。 「余計なお節介かもしれないけど、一言くらい文句言ったって罰は当たらない筈よ」 「……メイ……私わかってたの、いつかこうなるって……。あの人の傍にいるだけで幸せだったけれど、いつも心の何処かで怯えてた……ジーク様から直接言われた時も、ああやっぱり……ていう気持ちがほんの少しだけどあったの。でも……それでもどうしても離れたくなくて、我が侭を言ったわ。あと一月だけ待ってって……その間にけじめをつけようと思ってたの……」 「……諦められるの……?」 「……」 ティータは俯く。諦められる筈が無い。この熱情が冷めることなんて想像がつかない。でも、これ以上傍にいてもお互い辛いだけなのかもしれない……それでもティータは手放したくはなかったけれど……でもジークに辛い思いはさせたくなかった。ただそれだけがこの熱情に歯止めをかけている。一瞬でも気を抜けば溢れ出して、飲み込まれそうなほどのそれ。ティータは己にこれ程の情熱があるとは思いもしなかった。 「とりあえず……ジークを探そう……」 アルムのその言葉を皮切りにその場にいる者は熱気溢れる城下町へと向う。その間はそれぞれ思うことがあるのか言葉はなかった。 |
< > |