薔 薇 想 歌 |
その夜、ニーナを始めとする各国の人間はアリティアにて身体を休め、明朝帰国することになった。 「リンダは甘えん坊さんですね」 ニーナに与えられた部屋には寝間着に着替えたリンダが一足先にベッドを占領していた。 「だって、こんな機会滅多にないんですもの」 嬉しそうに答えるリンダにニーナはくすくすと笑いを深める。ニーナの部屋にリンダが今日の夜は一緒に寝たい、と押しかけてきたのだ。勿論ニーナはそれを快く歓迎した。父であるミロア大司教を失ったリンダをニーナは保護し、妹のように可愛がってきた、そして度々こうやって一緒に寝ることもあった。やはり父を失い孤独となってしまった悲しみはなかなか消えないのだろう、明るく振舞ってはいるがまだリンダは少女とも呼べる歳なので無理もない。家族を失った悲しみはニーナも理解できる、それにこうやって慕われることでニーナも癒されていた。 「リンダは最近ますます綺麗になったわね……誰か好きな人でもできた?」 「ニ、ニーナ様っ!?」 図星だろうか、不意打ちともいえるニーナの言葉に顔を真っ赤に染めるリンダ。 「パレスの魔道院に素敵な人でもいるのかしら?」 「……っ」 素直すぎるリンダの反応にニーナはついつい気になって続けてしまう。 「……う、うん……とても優しいの……」 やはりニーナに嘘は吐けないのかリンダは素直に答える、照れくさいのかニーナから視線を逸らした。 「そう、リンダもそんな年頃になったのね。少し寂しい気分だわ……今度、その人に会わせてね」 「……ニーナ様……ニーナ様のお好きな方って……」 寂しい気持ちは自分も同じだ、しかも今まではニーナを悲しませているその存在についてリンダは聞きたくてもどうしても聞けなかった。ニーナの辛そうな顔は見たくなかったから。でも今は聞かなくてはいけないと思った。 「……カミユは、私に本当の“生”を与えてくれた人でした……。あの人がいなかったら、私はあのとき……お父様やお母様が死んだあの日に死んでいました。あの人がいたから、どんなに辛くても生きようと思ったのです……」 切なそうな、でも今までに見たこともない表情のニーナがそこにいた。リンダは暫しニーナのその表情に見惚れた。カミユのことを語るときのニーナは別人のような、でもより美しく感じた。リンダは複雑な思いを感じた。こんなニーナ様を見てしまったら、どうしても幸せになって欲しいと思う……何があっても。でも自分には何もしてあげることが出来なくて、それがもどかしくて歯痒くて、同時にカミユの存在に嫉みのような感情を憶えた。ニーナに辛い思いをさせる存在がリンダにとってはどうしても許せなかったのだ。 「ニーナ様、私は何があってもニーナ様が大好きですから……だから……」 「ええ、私もリンダがとても大事です、大好きですよ。これからも本当の姉妹のように仲良くやっていきましょうね」 「はい!」 「さぁ、今日はもう寝ましょう。リンダったら泣きすぎでまだ瞳が真っ赤ですよ。きっちりと睡眠とらないと」 「は〜い」 そう返事して、泣き疲れたのかリンダはすぐに眠りにつき、すうすう、と浅い寝息が聞こえ始めた。ニーナもリンダの横にそっと潜り、眠りにつく。横から聞こえるリンダの寝息がとてもニーナの気持ちを安らかにさせた。 いつもの夢も見ることはなく、久しぶりにニーナは安眠を得たのだった。 * * * * 天気は快晴。 まさに出発日和に相応しい、天候だった。 「ニーナ様、こちらの準備は整いました」 「はい、ありがとう、ジョルジュ」 出立の日、ニーナは数人の仲間に囲まれ、アカネイア大陸から海を渡ってバレンシアへ向かおうとしていた。港に見送りに来たのは、リンダ、マリク、エリス、シーダ、ミディア、アストリア。新王となったばかりのマルスはどうしても時間がとれなく、その分、シーダが代わりを果たそうとしていた。 「ニーナ様、マルス様からいってらっしゃいませと、そして私達のことは構わずに、ニーナ様のご自由に、と」 「はい、ありがとうございます、シーダ様、マルス王にもとても感謝しています、とお伝えお願いします」 「はい! 私も旅の無事をお祈りしています……!」 「ニーナ様、どうかご無事で……。ジョルジュ、絶対、絶対ニーナ様を宜しくね」 尚も心配そうなミディアの今まで何度繰り返されたか知れないその言葉に、ジョルジュは黙って頷く。 「ミディア、ミディアも無事に元気な赤ちゃんを産んで下さいね、是非私の腕にも貴方達の赤ちゃんを抱かせてくださいな」 「はい……! 絶対、元気な赤ちゃんを産みます! ニーナ様の腕に抱かれるなんてこの子は本当に幸せです……」 「……ミディアのこと、よろしくお願いしますねアストリア、ジョルジュの代わりも大変でしょうけど、アストリアなら安心して任せられます」 「ニーナ様、私達のことならご心配には及びません。ミディアと、そしてこの子と共に、ニーナ様の旅のご無事を祈っております」 優しくミディアの肩を抱きながらきっぱりと言うアストリアにニーナは笑顔で答えた。 「ニーナ様……」 「エリス様……エリス様にもご心配をおかけしました。エリス様は私にとって姉のような存在です、どうかマリクとお幸せになってください」 「姉だなんて、勿体無い御言葉……光栄ですわ、ニーナ様……」 「……ニーナ様、私達もニーナ様のご無事をいつもお祈りしています……」 「リンダ……」 ニーナは今にも泣きそうな少女の名を呼んだ。 「ニーナ様、何かあったらすぐに私を呼んでくださいね、私、ニーナ様の為ならたとえ海を隔てた大陸であろうとも、即刻ニーナ様の元に参りますので……!」 力一杯そう宣言するリンダにニーナは破顔する。 「ええ、リンダ、頼りにしています。リンダも元気で、頑張って下さいね」 ふふ、と何か含んだニーナの笑顔にリンダは先日の夜の会話を思い出して、う、と言葉に詰まった。マリクが何何?と聞こうとするがリンダはそれを無視した。 「本当に、皆さんには感謝しています……感謝してもし足りません……いつも皆さんに心配ばかりおかけして申し訳ないと思っています」 「ニーナ様。私達はニーナ様だからお守りしたいのです、ニーナ様のことをいつも心配していたいのです……! ニーナ様が気に病まれる必要はございません!」 「そうです、ニーナ様! そんなことおっしゃらないで!」 「ふふ、ニーナ様、このままではリンダ達はまた泣いてしまいますわ」 必死に言い募るリンダ達を見ておかしそうに微笑むエリスにニーナはつられる。 「……ありがとうございます、暫く留守に致しますが、妹達のことよろしくお願いしますわ、エリス様」 「はい、お任せ下さいな」 汽笛の音とともに、お忍びの格好となったニ―ナとジョルジュを乗せた船は出航した。水平線に向かって段々と小さくなる船を眺めながらリンダは寂しそうに独りごちる。 「ああ、やっぱり私もついて行きたかった……心配だわ……」 「リンダにはやることがいっぱいあるだろう」 「うん、わかってるけど……でも……」 漠然とした不安が胸を覆っていたリンダはずっと船から視線を外さなかった。 「大丈夫です、ニーナ様はお強い方ですから」 「そうですね……」 水平線の彼方まで船の姿が消えるまで一行はただその姿を眺めていた。 |
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