薔 薇 想 歌 |
教会を飛び出し、村近くの林をくまなくカミユは捜していた。 ここら辺は薬草が他より豊富なのだという。そんなことを少し前近くの村で聞いたことがあった。知らず逸る心を抑えつつそんなことを思い出していた。確たる証拠などはない。金髪というだけでどうしてこんなにも反応してしまうのか。名前も違うというのに自分はどうかしてるのかもしれない。だがカミユは自分の直感を、無視することはできなかった。 膝まで届く雑草を踏み分け奥へと進む。奥からせせらぎの音が聞こえてきた。おそらく小さな川があるのだろう。平静を装いながらも急ぐ足は緩めず、そして木々を抜け少し広い野原のような場所に辿りついた。野原といっても四辺は高い木々で囲まれ、木漏れ日が草木に生命を与え、薬草らしき花々が地面を覆っていた。美しい風景であり思わず見惚れてしまう場所であった。だがカミユの意識にそれらの風景など入る余地などなく。 ただ視線は野原の端で薬草摘みに集中しているらしい、金髪の女性。髪の毛は以前は腰まで届く長さであったのが少し短くなっていた。村娘の服装を身に包んでいたがそれでも彼女の気品は隠せるはずもなく。少し痩せたのかもしれない、儚さがより強まったような気はしたが表情に陰りは一切見当たらない。 カミユはただただ捜していた人の無事な姿を見詰め、心底安堵の溜息を吐いた。少し離れたカミユの存在には全く気付いていないのだろう、その女性は腰を下ろして薬草を摘んでは横に置いた籠の中にそっと入れていった。熱心に作業に没頭する姿を暫し眺め、カミユは知らず微笑を浮かべていた。かさ、と葉の擦れる音とともにカミユは彼女の傍に近付いた。 「クリフさん? ええと、この葉は薬草でしたっけ?」 葉の擦れる音をクリフだと思い込んでいたのかその言葉とともに葉を掌にのせながら振り返り、 「……え……?」 そしてそのまま表情を固まらせた。 「……ニーナ?」 予想していた反応とは違い、目の前の金髪の女性は自分を見下ろすカミユにただ吃驚と戸惑いの表情を浮かべていた。目を見開き、ただ自分を見上げてくる女性にカミユは訝しむ。 「ニーナ?」 不安になってもう一度名を呼んだ。女性はきょとんとした表情でカミユを見詰めそして小首を傾げて呟いた。その一言は彼にとっては言葉に表せない程の衝撃だっただろう。 「あの……どなた、でしょう……?」 「!」 今度はカミユが驚愕する番だった。ニーナはこんな性質の悪い冗談は絶対言わない人だ、それは充分知っていた。それに自分の名を呼ばれても一切の反応もなくひたすら不思議そうにこちらを見上げてくる。 (――別人……?) 否、そんなはずはない。すぐにその考えは却下された。声も、髪も、瞳も、何もかもニーナに間違いなく。自分が違える筈もない。それだけは確信できた。 一方金髪の女性はというと目の前にいきなり現れた、見た事のない男性に首を傾げるしかなかった。彼女は最初クリフだと思い、間違えてしまったことに少しバツの悪い思いを覚えていたが、どうやら彼はそんなことで戸惑っているのではないらしい。 自分をニーナと呼ぶ目の前の存在をただずっと見詰め続けていた。 「……あの……私を、ご存知なのですか……?」 躊躇いがちに声をかける女性にはっとしたようにカミユは表情を変えた。 「……君は……」 言葉が上手く出ない。こんなことは初めてだった。 「クリフや……シルクが君を探していた……」 やっとのことでこの言葉を吐く。一番言いたかったのはこんなことではないのだが。 「! そうですか、ご迷惑をおかけしてごめんなさい。薬草摘みに夢中になってしまって……今すぐ戻ります。貴方はシルクさん達のお知り合いなのですね」 知っている名前が出て安堵したのと同時に、心配かけていたことを知って少しバツが悪そうな微笑を浮かべる。慌てて立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。それをカミユは複雑そうに見遣る。 「……あの、もしかして怒っていらっしゃるのでしょうか……? ごめんなさい随分探して下さったみたいですね……」 女性の視線を辿ると自分のコートの裾には雑草やらがたくさんついており。それを見てしゅんと項垂れ申し訳なさそうにする女性にカミユは慌てて弁解する。 「いや、私は怒ってはいない……」 「本当ですか……?」 尚も不安そうに見上げる女性になんとか込み上げる苦笑を押し殺し、優しく微笑んで返した。その微笑に少し安堵したのか、よかった……と小さく呟く。 「君の名前は……」 「あ、はい、……ロザリアといいます…」 少し言いにくそうにカミユに答え、そのあとすぐ、でも……と付け加えた。 「あの、私……記憶がなくて……自分の名前も覚えていなくて。……この名前もシルクさんとクリフさんが考えてくださったの……」 「!?」 (―やはり、ニーナか……) その言葉で漸く納得がいった。記憶を失っているニーナに驚いてはいた。己の名前も、自分のことも忘れてしまっていたのはどうしようもなく辛いものだったが……だが本人であることに心から安堵していたのだった。 「そうだったのか……」 「貴方は……私のことをご存知なのですか……?」 先程から気になっていることをニーナは聞いた。琥珀の瞳がカミユを見上げ不安気に揺れている。 「ああ……よく知っている」 「……!……」 カミユの優しく包むような瞳にニーナは何故か泣きそうになって、慌てて涙を必死で堪えた。 (―記憶なら……また取り戻すことが出来る……) 彼女の命が永遠に失われることに比べれば、ずっとマシだ。カミユはそう己に言い聞かせ、ひとまずニーナを連れて教会に向かった。 |
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