薔 薇 想 歌 |
カミユ達が城を発ってから数日後、バレンシア大陸へ到着したリンダ達は急いでアルムの元に向かった。挨拶も早々にリンダは急いたようにニーナの居所をアルムに尋ねた。 「済まない、派遣した隊からの報告はまだ無いんだ……。勿論ジーク達からも」 ジーク?と一瞬首を傾げたが、すぐにカミユ、そして解放戦争においてのシリウスだと認識した。前もってマルスから聞かされていたのである。済まなさそうに話すアルムにリンダは、いいえ、と静かに返したがすぐに顔を上げ、毅然とした態度で話し出した。 「私達も捜索に加わるためにやって参りました。ジョルジュ達が向かった先などはわかりますでしょうか?」 「彼等は下流付近をしらみ潰しに捜しているらしい、残念ながら現時点での詳しい場所まではわからないんだ」 「そうですか、では私達も同様にしらみ潰しに捜すことに致します、どうか地図や資料などを頂きたいのですが」 「勿論、こちらに出来る限り協力させてもらいたいと思っている。すぐに用意させよう、馬などもこちらで手配させて頂く」 「ご厚意感謝致します、アルム王」 「いや、ジークの大切な人なんだろう、なら僕にとっても無関係ではないんだ」 深深と頭を下げるリンダ達に微笑んでそう返すアルムの言葉にリンダは内心複雑な心境だったが、「そうですか……」と努めて平静を装った。 「レナさんって馬に乗れるの?」 リンダはパレスの宮廷女官であった頃に暇つぶしにミディアに乗馬を習っていた。だがレナは生来のシスターであり。心配になってそう聞いてみた。 「ううん、まだ一人では上手く乗れなくて……」 「大丈夫、俺の後ろに乗ればいいから」 少し気恥ずかしそうなレナに得意げに胸を張ってそう言い放つジュリアン。だがリンダはジュリアンが馬に乗っているところも見たことがない。 「ジュリアンって馬乗れるの……?」 先程の台詞を名前だけ変えて呟く。 「馬に乗りながら戦闘っていうのは苦手だが、普通に乗って走らすことくらい出来るよ」 リンダの言葉が不本意だったのだろうか、少し口を尖らせてそう返すジュリアン。やはり徒歩と馬の足では大分違う。早くニーナを見つけたいリンダはとりあえず出足を挫かれずに済んだ、と ほっと胸を撫で下ろしたのだった。 一方、カミユとジョルジュは最低限の寝食以外は全てニーナの捜索にあてていた。川に沿って下りながら周辺をくまなく捜したのだが今のところ手がかり一つなく。周辺の村にも尋ね回ったがそれらしき情報はない。知らずカミユは溜息を吐いた。川辺にて馬から降り、手綱を引きながらカミユは注意深く見渡しながら歩いていた。ジョルジュとは近くの村の宿で落ち合うことを決め、それまでは別行動をとることにしている。 「ニーナ……」 無意識に名を呼んでしまう……答えなど返ってくるはずもないと理解しているにも関わらず。あの夜のことが何度も思い出され、その度に沸き起こるのは悔恨。あの時ニーナだと気付いていれば……、もっと早く館に着いていれば、危険を侵してでもニーナをあの暗殺者から奪い返せていたら……少なくともこんな状況になっていなかったのかもしれない。「もしも」なんて過ぎ去った過去を想定したところで、その無意味さ、虚しさは承知してはいたが。カミユは手綱を握る手に力を込める。崖から転落する瞬間のニーナが頭に焼き付いて離れない。何が起こったかわからずただ目を見開いてこちらを見ていた、今にも泣きそうな顔で。弱気になりそうな己を、らしくないと叱咤しながらカミユは再び馬に跨り捜索を進めた。 「川〜ぁ? ああ、あのよく死体や遭難者が流れ着いてくるところか……って、ひっ、何だよ?!」 「死体」という言葉を口にした瞬間、物凄い殺気の篭った視線をぶつけられ男はたじろぎつつも虚勢を張る。慌てて取り繕うように答えた。 「ん〜、いや、ここ最近はそんな話聞かねぇな」 「そうか、わかった」 ふう、と溜息を吐きジョルジュはその場をあとにした。周辺の村人に情報を聞き出していたのだ。 時が過ぎるにつれ焦燥は深まるばかり。とくにカミユのそれはジョルジュも驚くほどであった。別段、彼と親しかったわけでなく普段の彼など殆ど知らないも同然ではあったが。だがただ漠然と、噂でも聞いていた通り、いつも憎たらしい程冷静で常に客観的に物事を見定め視野の広い人物だと感じていたからだ。 カミユ達はもっと下流に流されたのだろう、と身支度を整え、またすぐに出発した。辺境へ進めば進むほど、道などの整備も行き届いていなく、やはり都心部と比べると復興の差が歴然としており物資なども充分に足りていない様子だった。人通りも少なくまだ戦争の傷痕の残る場所が幾つも見受けられ、カミユ達はそれらを複雑な心境で馬上から眺めつつ足を進める。そしてある村へと到着した。とっぷりと日は暮れ、この村に一軒しかないという萎びた宿屋に向かった。そして宿屋の主にもひとまず尋ねてみることにした。 「ああ、あの川か……それならもっと南西に入ったところにある小さな村にな、ちょっと場所はわかりずれぇんだが、教会がある。そこに行けばなんかわかるかもよ。川に流れついた者を介抱したり弔ってやったりしているからな……戦災孤児なんかも溢れているらしいが。なんでも高貴なシスターがいるってぇ話だ」 「シスター?」 主の言葉にぴくりと反応する。 「おう、名前は忘れたがな……数ヶ月程前から教会で子供達の世話や教会の手伝いをしてるらしいぜ?」 「そうか、ありがとう」 一瞬ニーナの事かと思って期待してしまったがどうやら違うらしい。少し肩を落とし礼を述べた。 「とりあえず、一歩前進、ってとこか……」 言葉とは裏腹に大きな溜息を吐きながら荷物を下ろすジョルジュにカミユは苦笑を返すだけであった。幾日経ったのだろうか。こうなっては運良く誰かに発見され救われていることを願うしかなかった。そして早朝、宿の主に少し多めの賃金を渡し、南西の教会へと向かった。 「あらまぁ、ジーク様ではございませんか」 小さな村の入り口付近、馬から降りようとしていた矢先に吃驚の混じった声がかけられた。振り向くとそこには籠に野性の薬草らしき葉や花などをつめ、それを両腕で抱えつつ青い髪を肩まで切り揃えた少女が目をまんまるく開いたまま突っ立っていた。丁度村に戻ってきたらしい。 「……君は、もしかしてシルク?」 「覚えて下さっていて光栄ですわ」 そう言ってにっこりと無邪気に笑う。バレンシアの戦争においてこの幼い少女もシスターとして参加していた。戦後は各地の傷ついた人々を救うために転々としているとは聞いてはいたが、まさかこんなところで再会できることになろうとは。カミユは少し大人びた少女をまじまじと見遣る。 シルクは、こんなところで立ち話も何ですから、教会に参りましょう?とカミユとジョルジュを村の中央にある教会へと案内した。シルクが村に入った途端、教会の周りではしゃいでいた子供達が大勢集まってきた。口々にシルクの帰りを喜ぶ声をかけ、同時に傍にいるカミユとジョルジュに不審な視線を投げる。正直に「この人達だぁれ?」とシルクのスカートの裾を握りながら尋ねる子供達にシルクは「お姉ちゃんの大切なお友達だから皆もよろしくしてあげてね」と優しく応えていた。子供達も素直にはぁいと元気良く返事を返し、傍から見ると微笑ましい光景であった。 「ところで、ジーク様はこんな辺境の村にまで一体何のご用事でいらっしゃったのですか? あ、それとそちらの方は……」 シルクは気になるのか、ちらりとジョルジュの方に視線を向けた。 「ああ、彼はジョルジュといって私の仲間だ。それよりも人を捜してやって来たのだが……」 「そうですか。人、というのは……」 軽く頭を下げたジョルジュにシルクも慌てて頭を下げた。 カミユが次の言葉を言い淀んでいるときに教会の扉の軋んだ開閉の音が響く。 「シルク! ごめん、ロザリアさんとはぐれてしまった〜!」 「ええっ!?」 同時に焦ったような声が狭い教会内に木霊し、茶髪の青年が大慌てでシルクの元へやって来た。カミユ達と机を隔てて座っていたシルクも慌てて立ち上がって声を上げる。 「もうっ! クリフったらこれでは何の為に一緒にいったかわかんないじゃない〜」 「ごめんよ、シルク。俺だってまだこの辺地理わかんなくてさ……」 「クリフ兄のばかばか〜」 「ロザリア姉ちゃん困ってるよ〜!」 情けない声を出して謝るクリフと呼ばれた青年に周りにいた子供達も容赦なく怒りの声を上げる。カミユ達はただ呆然とその光景を眺めるだけであったが、クリフが目聡くそれを見つけ、 「あ、ジーク様じゃないですか! 俺、前の戦争で一緒に戦ったクリフです! クリフ!」 「! クリフか! 驚いた、まさかこんなところで君にまで会えるとは……」 周りから責められ、救いの手を待っていたクリフは嬉しそうにカミユに話しかけ、カミユも意外な人物に吃驚せずにいられない、確か彼は戦後は姿を消したと聞いていたのだが。 「もう! クリフったら逃げようったって無駄よ! 早くロザリアさん捜して来て! きっと困っているわ」 「う、うん、ごめんよ……」 「クリフ、そのロザリアさんという人はどこらへんで見失ったんだ?」 自信なさげに呟くクリフにカミユは自分も手伝おう、と声をかけクリフはその言葉にぱっと顔を輝かせる。 「ええと、すぐ近くの林で薬草を摘みに行ったんだ……だけど俺がちょっと目を話した隙にいなくなってしまって……俺ちょっとパニックになっちゃって慌てて戻って来ちゃったんだ……」 クリフの言葉にシルクは溜息を吐いた。すると周りの子供達もそれを大袈裟に真似し出し、クリフはそれを見てますます身を小さくさせる。それを眺めていたジョルジュはぷ、と笑いそうになるのを堪えた。 「わかった、ロザリアさんの特徴も教えて欲しいんだが……」 「えっと、金髪で肩と腰の中間くらいまでの長さでとっても美人なんだこれが〜」 先程の意気消沈した様子もどこへやら、クリフはそう自慢気に語り出した。 「!」 その言葉に少なからず動揺するカミユとジョルジュ。クリフが言い終える暇もなくカミユは教会の外へ飛び出して行った。 「……ジーク様?」 突然風のように飛び出して行ったカミユに疑問符を浮べながらシルクとクリフは顔を見合わせた。 「……その、ロザリアさんについて聞きたいんだが……」 ジョルジュが自分も行きたい気持ちを抑えつつ、シルクに向かって真面目な表情でそう切り出す。シルクもその緊張した面持ちに幾分表情を張り詰めてジョルジュに向き直ってゆっくりと話し出した。 「ロザリアさんは……数日前、近くの川辺で倒れて意識を失っているところを子供達が見つけて……私が介抱したんです。擦り傷だらけで、何日も熱にうなされてもう駄目かと思ったわ……。でもなんとか意識が戻ったの……けれど……」 続くシルクの言葉にジョルジュは驚きを隠す余裕などなかった。 |
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