薔 薇 想 歌   




 大陸を上げた収穫祭は残すところ最終日だけである。
 人々は祭りの最後を精一杯楽しもうと徹夜で盛り上がり続けていた。それはソフィア王宮内でも同様で人々は日々の雑務に加え、祭りの後始末に向けて奔走していた。だが、相も変わらず王宮に務める女官達は暇を見つけては噂話に花を咲かせている。それはこの世が平和な証でもあるのだが、噂される当人達にとってはあまり平和とは呼べないものであるのは事実だ。だが、今日は女官達が噂するのも無理はない。リゲルにいる筈のジークが祭りの最終日である今日もソフィア城に滞在しており、その上異国からやって来たらしい金髪のこれまた見目のいい男――ジョルジュのことである、までも何やら自分達の主であるアルム王とよく話しており仲良さげな雰囲気だ。あくまで彼女達の主観であるが。女官達だけでなく城内に務める者達はこぞってジョルジュの身元を知りたがっているらしい。野次馬根性の強い女官達にマイセンなどは苦笑するしかなかった。そしてそれよりも気になるのは街で噂になっていたジークの結婚の真偽である。女官達もジークとティータの結婚という噂にやきもきしていた、そして今日が最終日、そわそわする気分を抑えずにはいられない。勇気を出してデューテなどに聞いてみたりしたが、返ってきたのは沈んだ表情と溜息だけ。そのことについては触れないで、という雰囲気を醸し出し、女官達はこうやってこそこそと噂話に留めるくらいにしかできなかったのである。
 いつも明るく人々に元気を与えるアルム王、そしてミラの生まれ変わりとまで言われいつも慈愛に満ちたセリカ、活発なデューテ、メイなどに元気がなく。ジークや一緒にこの城に滞在しているティータの様子もどことなくおかしい。女官達は城内に漂ういつもとは違った雰囲気にただ首を傾げるしかなかった。
「ねぇねぇ、どうしたのかしら一体……」
「いつも元気なアルム王まで。変よねぇ……祭りだっていうのに」
「やっぱりこれ、あれかしら?」
「ジーク様とティータさんのこと? 結婚なんてする雰囲気じゃないわよ、デマじゃない?」
「そうよね、デマよね! よかったわ〜、私まだ諦めてないんだから!」
「くすくす、まあ前半は概ね同意だけどね〜、後半はまぁ頑張ってってかんじかしら?」
「まぁ友達甲斐のない人ね、ちょっとは協力してくれたっていいじゃない」
「あはは、ごめんごめん、するする! 精一杯応援させて頂きますわ!」
 声をたててお互いの芝居のかかった調子に笑い合う女官達。主人達を噂話の種にすることに最早抵抗は無くなってきているらしい。
「アルム王のご様子は変よね……なんだか張り詰めていらっしゃるし」
「変といったらジーク様も変よ。客人である筈なのに慌しく騎士団と王宮を回っていらっしゃるわ」
「それにしてもあの異国からきた方、素敵とは思わない?」
 女官のその言葉に幾人から黄色い声があがる。
「ええと、ジョルジュさんっておっしゃったかしら? ジーク様と同じ金髪だけれど、ジーク様とはまた違ったタイプの美形よね。なんていうか野性的な香りがするというかっ」
「うんうん、アルム王とも仲良さげなかんじだったし、きっと異国の王子様だったりなんかするのよ!」
「きゃ〜素敵っ。異国の王子様だなんて……」
 うっとりとその響きに酔いしれる女官に誰もつっこみをいれるような野暮なことはなしない。ここにいる全員が少なからずジョルジュに好奇心と好意を抱いているのだから。
「ね〜、彼って一体何者なのかしら? ジーク様ともよく話しておられるし」
「東の大陸の人らしいってのは他の人から聞いたけど……一体バレンシアに何しに訪れたのかしらね?」
「ジーク様も一体いつまでここにいて下さるのかしら」
「そう言えば、今朝先輩方にジーク様のお部屋の担当とられてしまったわ!いつもあの客室の掃除は私なのに〜!」
「本当、先輩方ってば横暴よね〜、きっとジーク様がいらっしゃる間はずっと横取りするつもりよ」
 心底悔しそうに愚痴る女官に同意する彼女達。どうやら彼女達にとってこの噂話はストレス発散目的でもあるのだろう。当然女官にも女官長を筆頭に位の差といったものは存在し、彼女達は新人に近いようだ。



「ジーク、本当に行くのか?」
「ああ」
 アルムは支度を整えているカミユに向かって、心配気に声をかけた。ちゃんと眠れたのか気掛かりだったのだ……だが昨日の様子を見るにぐっすり眠れる筈もないだろう、まだ万全という様子には遠かった。
「……でも下流近くには多数の村がある。しらみつぶしに捜すのは時間がかかるし……やっぱり報告を待った方が……」
「いや、私自身の手でないと満足できない……」
 いてもたってもいられないという風にカミユはコートを羽織り、腰に剣を携えアルムに向き直った。表情は別段変わらないが、それは努めてそうしているようにもとれる。
「そうか……。ではこちらも報告が届き次第、ジークにも連絡を送るよ」
「ありがとう、王には世話をかける」
「いや……前の戦いにおいてジークにはいっぱい協力してもらったしね。僕が好きでやってるんだから気にしないで欲しい」
 アルムの言葉にカミユはふと表情を緩めた。

「ジーク様……」
 その声に導かれ扉の方を振り向くとティータが心配そうに佇んでいた。アルムは気を遣って、「じゃぁ気をつけてね」と言葉を残してその場を去った。ジークは扉の前で佇むティータに近付き、見下ろした。
「……ティータ、すまない。私はもうここを出なければならなくなった……」
 ジークの言葉に頭を上げ、視線を絡ませる。ここ数日ちゃんと視線を合わせようとしなかったティータは久しぶりにジークの顔を見たような気がした。
「……そう、ですか……」
 引き留めたかった。引き留めても無駄だとは思っていたが泣いて縋ってでもそうしたかった。それがどんなにずるいかとわかってはいても。再び俯くティータにカミユは少し悲しそうな表情を浮かべる。
「……ありがとう、ティータにもたくさん世話をかけたな。感謝している……忘れない」
「……っジーク様……!」
 カミユの別れともとれるその言葉にティータは思わず抱きつき、背に腕を回して泣いた。
「ティータ……」
「……どうしても、行かれてしまうのですね……私が、どれだけ頼んでも……」
「ティータ……今までありがとう……」
 胸に顔を埋め涙声で話すティータの肩に手を置き、カミユは済まなさそうに、だが今までの感謝の思いを口にした。そしてゆっくりと身を離し、そのままその場を離れ城の外に向かって行った。ティータはその背を涙を浮かべながらただ眺めていた。
「ティータ……」
 デューテが背後から同じように涙を浮かべながら近付く。心配で後を付いてきていたらしい。メイとセリカも同様に後ろで必死に涙を堪えている。ティータは最初見られた恥ずかしさと驚きでいっぱいだったが、自分と同じ、いやそれ以上に涙で顔をくちゃくちゃにしている友人達の顔を見てなんだかおかしくなって、くすりと笑いを溢してしまった。


「――女泣かせ、だねぇ」
 城外へ向かう途中の廊下にて、不意に投げられた言葉にカミユは無言のまま鋭い視線を返した。
「おっと、そんな怖い顔やめろよ。事実だろ」
「……見ていたのか、悪趣味だな」
 壁に寄りかかって苦笑の混じった視線を向けるジョルジュにカミユは少し柳眉を吊り上げた。
「偶然に決まってるだろ。んなことより、ニーナ様を捜しに行くんだろう、当然俺も一緒に行くからな」
「ああ、だがアカネイアからの連絡を待たなくても良いのか。応援を呼んだのだろう」
「ん? ああ、どうせ待ったところで歓迎されるどころか、殺されかねないからな」
 肩を諌めつつ、カミユにとっては少々大袈裟な――本人にとっては事実通りの答えを返す。二人は用意された馬に跨り、ニーナが流された川の下流付近を目指した。だがこの川というのが途中で幾重にも別れ、下流は無数に存在し厄介な存在であった。アルムは騎士団で捜索隊を結成し派遣させ、付近の村々にも連絡をしたのだが、まだ戦災の傷の残る村は多く辺境になればなるほど連絡手段は少なく困難な状況であった。とりあえず派遣した隊の報告待ちだったのだが、カミユとジョルジュが待てる筈もなく、結局しらみ潰しに捜索することにした。






 水平線広がる真っ青な海の上。可愛い顔に不釣合いな不穏な表情を浮かべつつ、ぶつぶつと独り言を繰り返している少女が一人。頭の後ろで高く括られた茶色の髪が風に揺れる。
「――ったく。だから嫌な予感がしたのよね……やっぱり私がついて行けばよかったんだわ……」
「……リンダったら、そんな怖い顔してその上高まった魔力が放出しかけている所為か、他のお客さんが怯えて誰も甲板に出て来ようとしないわ……もっと抑えて、ね?」
「レナさん……だってぇ……」
 ふぇ、と表情を歪ませる。本当は心配で心配で堪らないのだ。こうやって怒りに全身を向けてないとたちまち自分は泣いてしまいそうで。そんなリンダを優しく宥めるようにレナは慈愛の満ちた微笑を浮かべる。
「大丈夫です、ニーナ様は絶対無事です。それに怒りをぶつけるのはバレンシアについてから存分に出来ますから」
「レ、レナ……」
 そんな笑顔でさらっと怖いこと言わないでくれ……。
 彼女達の後ろにいたジュリアン――元盗賊で解放戦争を経て恋人となったレナとともに修道院で働いている――が、引きつらせた笑いを浮かべていた。
 彼等は今アカネイアからバレンシアへ向かう船の上にいる。アルムがマルスの元へ連絡を送ったのだ。そしてマルスからニーナ行方不明との知らせを聞いたリンダは「私に行かせてください!」と即答した。マリクは魔道院の責任者でもあり、長くあけることは出来ず、ミディアもリンダと同じく怒り心頭に発しながら自分も行くと即答したが身重の為、周囲から盛大に却下された。マルスはリンダ一人では心配な為、ジュリアンとレナに頼むことにしたのだ。レナ達は修道院をミネルバ達に任せ、その役目を快く受け入れたのだった。
「そうですよね、レナさんがそう言ってくれるとなんかちょっと安心しちゃった……ありがとうレナさん」
「いいえ、私の言葉なんかでリンダさんに少しでも元気が出たなら私もとっても嬉しいです」
 破顔するリンダにレナも笑顔を深めた。