王 女 × 2
「あ、ラーチェルさん、こんにちは」 「あら、あなたは確かフレリアの王女でターナとおっしゃいましたわね。わたくしのことはラーチェル、と呼んで下さって結構ですわ」 名前を呼ばれてラーチェルが振り向くと、深い藍の髪を頭の高い位置で一つに括って靡かせている少女が手を振ってこちらにやってきた。フレリア国の王女であるターナだ。フレリアは大陸でも屈指の天馬騎士団を有しており、この王女もまた天馬騎士としてこの軍に参加しているらしい。 「ええ、わかったわ。それよりラーチェルは世界各地を旅してたって本当?」 頷いて、ターナは興味津々といった声色でそんなことを聞いてきた。誰かから――おそらく、エイリークかエフラムかその辺りだろう――、自分のことを聞いたのだろう。「ええ、その通りですわ」と返すと、藍の髪の少女は目を見開いて「すごいわ!」と声を上げた。なんだかとても嬉しそうな、興奮した笑顔だ。 その様子を見て素直に感情が現れる少女ですわね、とラーチェルは思ったが、自分も彼女と同等に感情表現が素直で端から見て正直だということには勿論気付いていない。 「ねえ、教えて。今までどんなところに行ったの? 面白いところあった? 怖い目にあったりしなかった? 冒険ってどんなかんじなのかな」 聞きたくて堪らない、といった色を大きな藍の双眸に滲ませながら、ターナは質問を矢継ぎ早に繰り返してきた。今まで遭ったことのないこの反応にラーチェルは僅かに戸惑い躊躇したが、一瞬でそれは消えて代わりに大きな興奮の波が襲ってきた。 「まあ! まあ……! ……こほん、ええと落着いてくださいまし、ターナ。よろしいですわ、わたくしのこの旅路は神から与えられた神聖かつ純実たるお役目なのでして、あまりおおっぴらに他者に話すことではないのですけれど、あなたになら特別にお話して差し上げますわ」 自分の興奮を悟られぬよう、ラーチェルは息を吐いて声色を整えた。ターナはそれに素直に「ありがとう」と礼を述べて、じっとこちらを見る。既にしっかりと聞く準備は万全だ。それを見て更にラーチェルは感動した。すぐに逃亡を試みようとするどっかの従者にこの目の前の少女の態度を見せ付つけて、習わせたいくらいだ。 「知っての通り、わたくしは神による正義の使者という使命を帯びておりまして」 「えっ、そうなの?!」 「ええ、そうですわ。エイリークから聞いておりません? わたくしの今までの数々の活躍を」 「ううん。ラーチェルが世界を旅してたってぐらいしか聞いてないわ」 「そうですの。では今知るといいですわ。わたくしは正義のために世界各地で溢れ出た魔物たちを退治するために城を出たのですわ」 「魔物退治!」 「ええ、魔物退治の旅ですわ」 それからラーチェルは今まで退治した魔物たちのことを語り出した。あのときの攻撃はさすがの自分も危なかっただの、野宿しようとした洞窟が魔物の棲家でとんでもないことになっただの、実は自分には二つ名があり、影で「麗しの絶世美王女」と呼ばれ英雄視されているだのを徒然と語り続けた。魔物退治の詳細から、大陸のどこそこの地域はお菓子がおいしかっただの、野蛮な人間が多かっただの、ターナが次々と色んな質問を投げかけてくるので、ラーチェルも益々調子に乗ってしまって話は一向に終わる気配がなかった。 「いいなぁ、私はこれが初めての外出みたいなものだわ。いつも城にいた頃ね……お父様やお兄様が私を必要以上に守っていて……私がどれだけ「いらない」って言っても全然聞いてくれなかったの。城の外に出るどころか中でも全然自由じゃなかったわ」 ラーチェルの武勇伝らしきものを楽しそうに聞いていたターナがふと目を伏せて気鬱な表情を浮かべた。己の境遇を不幸だと嘆いているわけじゃない。恵まれすぎだとは理解している。でも、自分ももっとエイリークやラーチェルのように外の世界に触れたいのだ。心配してくれる父と兄には悪いけれど、でも無理やり軍についてきてよかった、と思っていた。 「あら、そんなこと簡単ですわ」 あっさりとした言葉にターナは驚いて、思わず「え?」と顔を上げる。見るとラーチェルはきょとん、とした表情で浮かべていた。 「常に周りには誰かがいて、個人の自由というものが殆どない……それはもう王女としての宿命みたいなものですわ。けれど、それが我慢出来ないのであれば、とっておきの方法がありましてよ。ちょっと耳をお貸しなさいな」 素直に顔を近づけたターナにラーチェルは何事かを声を潜めて囁いた。それに最初じっと耳を澄ませて聞いていたターナの目が見る見る内に輝く。 「えっ! あ、成る程! そうすればいいのね!!」 「このときのスリルがたまりませんわ」 驚きつつ、感動したような声を上げるターナの反応に満足したか、ラーチェルは大袈裟に相槌を打った。 「でも、それじゃお父様やお兄様とても心配するわ……これ以上迷惑をかけたくないの」 「大丈夫ですわ!正義の旅ですもの、神が見守っていてくれますわ! わたくしの親代わりである叔父も最初こそ渋っていたものの喜んでわたくしを送り出して下さいました。辛い旅になるやもしれぬ。だが、それら困難は全て神がわたくしにもたらした試練であり、乗り越えることによって何物にも代え難い糧になるのだ、と。邪悪なるものを滅ぼすことはその糧を得るための手段に過ぎないと」 話しながら、ラーチェルは今は遠い故郷の地にいる叔父を思った。叔父は幼い頃に両親を亡くしてしまった自分を親代わり――それ以上に可愛がり、慈しんでくれたかけがえのない人間だ。何より自分の幸せをいつも願っていてくれた。どんな困難にぶつかって苦しくても、これは神が自分に与えた乗り越えるべき試練なのだ、とそう思うと自然と心は奮起した。 最初に言葉でそれを教えてくれたのは叔父だ。そして身をもってそれを知ることができたのはこの旅のおかげだ。今の自分を見たら、叔父はきっと喜んでくれるだろう。そう思うとますます気分は高揚した。 「困難こそが人を成長させるのですわ……でもお城の中でただ待っていても困難はやって来ないのです。ですからこちらからぶつかりに行かねばなりませんのですわ!」 「困難……」 「そう、困難ですわ。旅を終えたときの一皮も二皮も脱げたあなたを見れば、父上も兄上もきっと感動して考えを改めるに違いありませんわ!」 「そう、そうよね! うん、じゃあこの戦いが終わったら、一緒に行きましょう」 ラーチェルの熱意が伝わったのか、ターナも知らず知らず気分が高揚してしまっていた。考えるだけでこれだけ気分は高まるのだ。それを実行するときは一体どうなってしまうのだろう。これよりもっと心地いい風を感じられるだろうか。そう思ったらますます笑顔になってしまう。そんなターナにラーチェルもますます胸を張った。 「ええ、勿論ですわ。あなたなら立派な正義の味方になれましてよ!」 「本当?! 凄く嬉しいわ」 「そして、二人は伝説となるのですわ!」 「うわぁ、伝説なんて、どきどきするなぁ……!」 このあと、「正義の使者たる者の心構え」やら「正義の使者になる為の信条」、他には「正義の味方の登場のタイミング」「高いところから飛び降りて格好良く着地する方法」………などというようなラーチェルによる熱い講義が暫く続き、それを熱心に聞いて時折感嘆の声を上げるターナの姿が軍の人間によって確認された。 |
◇ ◇ ◇ |
そして戦争も終わって一息ついたある日。 フレリア城ではたった一人の王女が忽然と消えたかわりに、城の壁に人が一人抜け出せるほどの穴が発見された。一人娘を溺愛していた国王はその報告を聞いた時にあまりの衝撃で倒れ伏してしまったらしい。 「王子……これが、姫様の部屋に残された書置きなのですが」 天馬騎士の一人、ヴァネッサがそう言って一枚の紙切れをヒーニアスに渡した。顔には気まずそうな、それでいてまるで意味がわからない、といった困惑した表情が浮かんでいる。ヒーニアスは黙ってそれを受け取ると、さっと目を通そうとした。 薄っぺらい紙切れには、綺麗な筆で綴られた一文。 “正義の道に邪道なし” 「あいつか!」 思わずヒーニアスはぐしゃり、と紙を握り潰してしまった。 |
ターナを 悪 …正義の道へ引っ張り込むラーチェル(笑)。
ラーチェルの勧誘に嬉々としてのってくれそうなキャラはターナくらいしか思い当たりませんでした。
マリカ辺りは口説き方次第でなんとかいけそうですが(笑)。