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  げ る  
 







「エフラム、これを御覧なさいな」
「ラーチェルか。……これは?」
 声をかけて早々、ラーチェルはエフラムに向かって片手を差し出した。言われるままに視線を落とすと、少女の掌には綺麗な赤の光を湛える一つの石。
「我がロストンに伝わる貴重な紅玉ですわ。あなたに差し上げます」
「どうしたんだ、いきなり」
 少女の言う通り紅玉は希少価値の高い存在で、滅多にお目にかかれる代物ではない。宝石の類に全く興味の無い――あってもどうかと思うが――エフラムでも、一目見ただけでそこらへんで売られるものとは段違いだと分かるほどその輝きは澄んでいた。そして、そんなことよりもエフラムはラーチェルが何故こんな代物を自分にくれるのかと不思議に思い、首を傾げる。同時に自分は彼女にそうされるようなことをしたのだろうか、と考えを巡らしたのだが全く心当たりはなかった。
 エフラムにじっと見詰められているせいか、それとも理由を聞かれるとは思っていなかったのか、ラーチェルは少したじろいで、頬を紅潮させた。
「た、大した理由などありませんわ。……この間、魔物からわたくしを庇ってくださいましたでしょう?た、助かりましたわ。これはほんのお礼ですわ」
「ああ、あのときのことか。それならば、こんな礼の必要はない」
 少女の言葉で漸く彼女の行動の意味がわかったエフラムは、きっぱりと彼女の申し出を断った。
「! まあ、拒否なさるおつもりですの! 人の好意は受け取っておくのが礼儀でしてよ」
 まさかこんなにあっさりと断られるとは思ってなかったラーチェルは驚愕した。少女の性格上、もう後には引き下がれないのか差し出した手を絶対に下げようとはせず、逆にずずい、とエフラムに突きつける。
 エフラムはますます顔を紅潮させた少女に苦笑した。彼女は自分の好意を無下にされた、と怒っているのだろう。別に自分は少女の好意を無下にするつもりはないし、したくはない。この石を受け取るだけで彼女が喜ぶなら、それでいい。けれど、そういった理由で少女から何かを貰うのは、やはり自分としては不本意だった。不本意どころかはっきり言って、少し腹が立つ。こういった見返りが欲しいわけじゃないのだ。
 そんな気持ちを押し隠しながら、とりあえずこの軍の指揮官としてまともな答えを返した。
「仲間を守るのは当然のことだ。君だって目の前で仲間が襲われていたら助けるだろう? その度にいちいち礼を受け取っていたらきりがない。だから、君が俺にこんなことをする必要はないんだ」
「……そ、そうですわね。確かにエフラムの言う通りですわね……」
 エフラムの落着いた声色で諭されて、ラーチェルは頭を垂れて同意するしかなかった。彼の言うことは全くもって正論だ。誰だって自分の仲間が危機に瀕していたら助けるだろう。自分だって、そんな事態になったら当然のようにそうする。そのことで必要以上に感謝されるのは、やはりあまり好ましくない。だから彼の言っていることは正しい。そう納得しつつも、同時にラーチェルは自分が落ち込むのを感じていた。彼が以前に自分を助けに来てくれた行為はやはり特別な意味などないのだろう。偶然、近くで危機に瀕していた仲間の一人を助けに来た、といった認識でしかないのだ。すぐ記憶から無くなってしまう程度の。自分はあれから、全く頭から離れなかったというのに。
(ずるいですわ……)
 彼はいつもそうだ。彼にとっては何でもない、何気ない行動に過ぎないのに、自分にとっては一生忘れられそうにないくらいの衝撃で。こっちだけずっと引き摺って、でもあっちは平然と忘れ去ってしまって。
 そのことが悔しいのもある。けれど、なんでこんなに残念がっているのかわからず、とにかくラーチェルは気分がどんどん沈んでいった。
 ……でも……。
 それでも、自分はやはり嬉しかったのだ。だから。
「……でも、やっぱりこれはエフラムに差し上げますわ」
 一度引っ込めようとした手を再びラーチェルは差し出した。
「ラーチェル?」
「これはお礼とは関係ありませんわ。……そう、わたくしがただ貴方に差し上げたいだけですわ。そういう気分なのですわ! エ、エフラムだってたまには人に何かを贈りたくて仕方ない時ってあるでしょう?」
「……いや、俺はそんな気分になったことは」
「いいですから、とにかく受け取って下さいませ!!」
「あ、おい……!」
 そう言うやいなや、ラーチェルは無理やりエフラムの手に紅玉を握らせるとそのままぱたぱたと、走り去ってしまった。
「……別に走って逃げる必要もないのに」
 もしかして、これを返すために追うのを防ぐ為だろうか。エフラムはふと自分が必死に彼女を追いかけてこの石を返す姿を想像して笑いが零れた。くっくっと喉の奥で笑って、掌の中にある紅玉に視線を落とす。それを人差し指と親指で掴んで太陽の光に翳してみた。そういえば、物を貰っておいて礼を言うのを忘れたな……けれどあれではそんな暇も無かったんだ、と思いながら。

 光に照らされ、透き通るように輝く、深い赤。



「――どうせなら、俺は緑がよかった」