き で は な い か ら 








「そういえば、ラーチェルはこの世界の伝承とか歴史に詳しいんだったな」

 唐突にそんな話を切り出してきたエフラムにラーチェルは小首を傾げつつも、揚々と答える。自分のことを聞かれるのは好きだ。それが、自分の好きなことについてなら尚更。

「ええ、とくに英雄グラド様やラトナ様のお話などは何千回聞いても、その度にうっとりと聞き入ってしまいますわ! ああ、わたくしも早くあのような方達と肩を並べられるようになりたいですわ」

「……それくらいなら知ってるな。他でラーチェルのお気に入りの歴史や伝承はあるか?」

「まあ! いい心がけですわね、エフラム。よろしいですわ、そんなに聞きたいのであれば仕方ないですわ。お教えしましょう」

 仕方ないから聞かせてやる、と口では言いつつも、話したくて堪らないのだといったかんじで少女はこほん、と一つ息をつくと、次々とこの世界の伝承やら歴史やらを楽しそうに話し始めた。まるで、今自分が見てきたかのように、たくさんの感情が詰まっている。予想通り、彼女の話す多くは吟遊詩人がよく口にするような英雄譚ばかりだったが。
 目を輝かせて話すラーチェルにエフラムは思わず笑みを溢した。

「あら、でもエフラム。そういえば、あなた確か歴史とか苦手ではなかったのでして?」

 ふと、そんなことに気付いてラーチェルは話を止めた。よく知ってるな、と聞けば、少女は少し慌てたように「エイリークから聞いたことがあったのですわ」と返してくる。

「……まあ、歴史は好きではないな」

「では、どうして聞こうと思ったんですの?」

「好きじゃないからだ」



「……とてつもなく、意味が不明ですわ」


 きっぱり、と即答したエフラムにラーチェルはあからさまに額に皺を寄せてみせた。頭の上に疑問符がたくさん浮かんでいるのがわかる。





「……好きになれるかもしれないと思ったからだ」



 ぽつりとしたその呟きが、少女に届くことはなかった。